大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成4年(ワ)1290号 判決

原告

山下悦男

右訴訟代理人弁護士

小松雅彦

被告

有限会社エス・ケイ・マヤ

右代表者代表取締役

菊池了

右訴訟代理人弁護士

真木洋

主文

一  原告の主位的請求及び予備的請求1の請求をいずれも棄却する。

二  被告は、原告に対し、金二〇万円及びこれに対する平成四年三月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、これを九分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一主位的請求

1  被告は、原告に対し、別紙自動車目録記載の自動車並びに右自動車の自動車検査証及び自動車損害賠償責任保険証明書を引き渡せ。

2  第1項記載の引渡が執行不能の時は、被告は、原告に対し、一六七万及びこれに対する平成四年三月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二予備的請求

1((1)不当利得返還請求権又は(2)不法行為に基づく損害賠償請求権)

被告は、原告に対し、一一七万円及びこれに対する平成四年三月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2(担保権の実行に伴う清算金請求権)

被告は、原告に対し、二〇万円及びこれに対する平成四年三月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一原告は、被告との間で、別紙自動車目録記載の自動車(以下「本件自動車」という。)を売渡担保契約の目的物として五〇万円を借り受けた。ところが、被告は原告が弁済期を徒過したため右自動車を売却したと主張して右自動車等の返還に応じない。そこで、原告は、被告に対して、主位的に、右担保契約が公序良俗に反し無効であるとして、不当利得返還請求権に基づき、本件自動車の引渡等を求め、予備的に、被告にはその売却した本件自動車の価額の返還義務があるとして、不当利得金一一七万円の、あるいは被告の右担保契約締結行為又は担保契約に基づく被告の自動車の処分行為が不法行為にあたるとして、不法行為に基づく損害賠償金一一七万円の支払を求める。さらに以上が認められない場合の予備的請求として、原告は担保権の実行に伴う清算金二〇万円の支払を求める。

二当事者間に争いのない事実

1  原告は、平成三年三月三〇日、被告から利息年54.75パーセント、弁済期は同年四月二八日の約定で五〇万円を借り受けた。

2  原告は、右同日、被告との間で、右借入債務を担保するため、以下の約定の自動車売渡担保契約(以下「本件担保契約」という。)を締結した。

(一) 担保目的物 本件自動車

(二) 本件自動車の公租公課及び車検料に要する諸費用は、原告において負担する。

(三) 原告が利息の支払を一回でも怠ったときには期限の利益を喪失する。

(四) 原告が期限までに借入金を返済しないとき、又は期限の利益を喪失した場合には、被告が本件自動車を任意に処分しても原告は異議を述べない。

3  原告は、右同日、右担保契約に基づき、被告に対して、本件自動車、本件自動車の車検証及び自動車損害賠償責任保険証明書を引き渡した。

三原告の主張

1(主位的請求及び予備的請求1の(1))

(一)  本件自動車の本件担保契約締結時の時価は一八七万円程度であったところ、被告は、原告の経済的困窮に乗じて、僅か五〇万円の債権の担保のために、原告との間に本件担保契約を締結したものである。また、仮に本件担保契約に流質的特約があったとすれば(後記のとおりかかる特約は無効であるが)、右担保が実行された場合、原告は、僅か五〇万円の債務のために時価一八七万円程度の本件自動車の占有(及び実質的所有権)を失ってしまうことになり、本件担保契約により被告が得る利益と原告の被る損失は明らかに不均衡である。したがって、本件担保契約は公序良俗に反して無効である。

(二)  よって、原告は、被告に対して、不当利得返還請求に基づき、本件自動車等の引渡しを、右自動車等を引渡しが執行不能の時には、代償請求金一六七万円及びこれに対する訴状送達の翌日である平成四年三月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、さらに、本件自動車等が、口頭弁論終結時に存在しない場合には、不当利得返還請求権に基づき一一七万円及びこれに対する訴状送達の翌日である右同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2(予備的請求1の(2))

(一)  本件担保契約は、前記1のとおり、被告が、原告の経済的困窮に乗じて締結したものであり、かつ、被告に不当に有利な内容の契約であるから、被告の右契約締結行為自体が不法行為となる。また、本件自動車は訴外東京トヨタ自動車株式会社(以下「訴外会社」という。)に所有権が留保されており、したがって、原告が訴外会社に残債務を支払えず、本件自動車を返還できない場合、横領罪で刑事告訴されかねない状況にあったにもかかわらず、弁済期を二、三日遅れただけで、しかも、本件自動車の所有権を訴外会社に対抗できないことから正規のルートで販売できないことを認識した上で、被告は、本件自動車を第三者に処分しているのであるから、被告の本件自動車の処分行為は原告の本件自動車に対する占有権(又は条件付き所有権)を侵害する不法行為である。

(二)  よって、原告は、被告に対して、不法行為による損害金一一七万円及びこれに対する訴状送達の翌日である平成四年三月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3(予備的請求2)

(一)  仮にそうでないとしても、売渡担保契約(譲渡担保契約)が実行された場合には、被告は、当然清算義務を負うから(流質的特約があったとしても無効である。)、本件自動車の処分価額七〇万円と本件借入元本五〇万円の差額二〇万円を原告に支払う義務がある。

(二)  よって、原告は、被告に対し、清算金二〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である平成四年三月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払を求める。

四被告の主張

1(原告の主張1、2に対して)

本件担保契約は、自動車の使用権を担保としたもので、その担保価値は中古自動車の所有権価額の半分が一般的相場であり、被告が原告に対し融資した五〇万円はこれに見合う妥当な金額であった。

2(原告の主張3に対して)

本件担保契約には、流質契約があるところ、被告は商人であるから、商法五一五条により右流質契約は有効である。したがって、被告は、原告に対して清算義務を負わない。そして、被告は、原告の債務不履行により右特約に基づき本件自動車を処分したものである。以上の次第で、本件担保契約は公序良俗に反するものではないし、本件担保契約の締結または本件自動車の処分行為が不法行為になるとはいえない。ただし、流質契約が認められず、被告に清算義務が認められる場合には、本件自動車の処分価額と貸金元本の差額二〇万円について清算義務があることを認める。

五争点

1  本件担保契約が公序良俗に反して無効であるか。

2  本件担保契約の締結又はこれに基づく本件自動車の第三者への処分行為が不法行為となるか。

3  被告には、本件担保権実行に伴う清算義務があるか。

第三争点に対する判断

一重要な間接事実等(主位的請求及び予備的請求につき共通)

1  原告は、平成二年六月八日、訴外会社から、本件自動車を、売買代金三一五万一一九一円は分割払いとし、右代金を完済するまでその所有権を訴外会社に留保する旨の約定の下でこれを買い受けた(〈書証番号略〉、原告本人)。

2  被告は、自動車を担保に金融を行う営業を営んでいる有限会社であるところ、原告は、平成二年秋ころ、自動車を担保に貸し付けを行う旨の被告の広告を見て被告に金銭の借入れを申し込み、本件借入契約及び本件担保契約と同一の約定に基づき、本件自動車を担保として七〇万円を被告から借り受け、後日これを返済した(証人泉田、原告本件)。

3  原告は、同三年三月三〇日、他の借金を至急返済する必要が生じたため、再び被告に対し、本件自動車(訴外会社に対する残債務が約一二〇万円程あり、所有権はいまだ訴外会社に留保されていた)を担保に借入れの申し込みをした。右申込みを受けた被告従業員泉田文明は、本件自動車の所有権が訴外会社に留保されているが、所有権が第三者に留保された自動車は中古車価額の半値程度で評価されており、また、担保権を実行するのは約二か月後であるが、二か月後には担保価値が低下することを考慮し、五〇万円であれば貸し付ける旨原告に告げたところ、原告もこれを承諾し、本件各契約を締結した(〈書証番号略〉(金銭消費貸借並びに自動車売渡担保契約書)、証人泉田、原告本人)。なお、その際、原告は、被告に対して、契約書とは別に、原告が本件借入金及び利息の支払を怠った場合、原告に通告することなく被告において本件自動車を処分しても異議は述べない旨の念書(〈書証番号略〉)、及び原告が訴外会社に対する残債務の支払ができない場合でも、被告に迷惑はかけず原告において一切処理する旨の念書(〈書証番号略〉)を作成している。

4  原告は、同年四月二八日、被告に対して利息二万二五〇〇円を支払い(当事者間に争いがない。)、同年五月二八日まで元金返済の猶予を受けた。なお、被告は、自社の車庫に収容できる自動車の台数に限度があるため、借主に対する期限の猶予は一か月を超えない範囲で一回のみ認めていた(証人泉田)。

5  被告は、同年五月二八日までに原告から元金及び利息の支払がなかったことから、前記2記載の約定にしたがい、本件自動車(車検証及び自動車保険証を含む)を、同月三〇日、所有権を伴わない自動車の売買等の営業を営んでいる訴外有限会社オフィスソニアに七〇万円で売り渡した(〈書証番号略〉、証人泉田。但し、同月三〇日本件自動車をオフィスソニアに七〇万円で売り渡したことは当事者間に争いがない。)

6  なお、平成三年一二月当時の本件自動車と同種同型の自動車の車両本体の基本価額は、東京トヨペットにより一か月に一度作成される基本価格表によれば、一五二万五〇〇〇円と評価されている(〈書証番号略〉、原告本人)。

二争点1について

1  前記の事実、就中原告が本件以前にも被告との間で本件担保契約と同内容の担保契約を締結していること、原告は、何ら異議を述べることなく、前記の金銭消費貸借契約並びに自動車売渡担保契約書(〈書証番号略〉)、念書(〈書証番号略〉)の作成に応じていること等に照らせば、原告は、本件借入金の返済を怠ったときは、被告によって本件自動車が処分されることを十分認識した上で本件借入れをしたことを推認することができる。また、仮に、原告主張のとおり、本件自動車の担保契約締結時の価値が一八七万円であったとしても、本件担保契約締結時に訴外会社に所有権が留保されていたことや担保権実行時には契約締結時より更に評価額が下がることが予想されること等を考え合わせると、本件担保の目的物価額と債権額とが著しく均衡を失するものとは認め難いし、後述するように、本件担保契約の実行に際して被告に清算義務が課されること等にも照らすと、本件担保契約が公序良俗に反するものとは認めがたい。

2  そうであるならば、原告の主位的請求及び予備的請求1の(1)は、その前提を欠き、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

三争点2について

1 前記二のとおり、被告が原告の経済的困窮に乗じて本件担保契約を締結したものとは認められず、また、右契約が被告にとって不当に有利な契約内容であるともいえないから、本件担保契約の締結行為自体が不法行為を構成すると認めることはできない。また、被告のした本件自動車の処分は、原告と被告間に締結された前記契約に基づくものである以上、訴外会社に対する関係はともかく、少なくとも原告との関係では、右処分行為が不法行為を構成するものとも解されない(なお、原告本人尋問の結果および〈書証番号略〉によれば、原告は、平成四年七月一三日、自動車売買分割残代金六六万七九六四円を支払い、右同日、所有権を取得したことが認められるが、右事実は、前記認定を左右するものではない。)。また、原告は、本件担保契約締結当時、本件自動車の所有権が訴外会社に留保されており、したがって、原告が後日訴外会社に対する残債務の支払いができず、本件自動車を返還することができなくなった場合、横領罪で刑事告訴されかねない状況にあったにもかかわらず、弁済期を二、三日遅れただけで本件自動車を処分した被告の行為は不法行為になると主張するが、前記認定事実によれば、被告は車庫収容能力等の都合上、自動車を長期間預かることができないこと、また、原告は、原告が本件借入金及び利息の支払を怠った場合、原告に通告することなく被告において本件自動車を処分しても異議を述べない旨の念書まで被告に差し入れていることなどの事情が認められ、かかる事情からすれば、被告が、弁済期の二日後に本件自動車を第三者に処分した行為が、原告との関係で不法行為を構成すると評価することはできない。

2  そうであるならば、原告の予備的請求1の(2)は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四争点3について

譲渡担保契約において、債務者が弁済期に債務を履行しなかったため、債権者が目的動産を換価処分した場合には、債権者は、特段の事情がない限り、右処分価額から債権額を差し引いた残額を清算金として債務者に支払うことを要すると解するのが相当である(最判昭和四六年三月二五日・民集二五巻二号二〇八頁参照)。被告は、前掲〈書証番号略〉により流質的特約がなされている旨主張するが、その文言をみても必ずしも無清算特約が締結されていたとは解されないし、譲渡担保契約の法的性質に鑑み、当事者間の合理的意思の解釈として右清算をすることが予定されていたものと解するのが相当である。その他、全証拠によるも前記特段の事情の存在を認めることができない。したがって、本件担保契約においても被告に清算金の支払義務があるところ、前記認定の事実によれば、被告は本件自動車を七〇万円で処分したことが認められるから、被告は、右処分価額七〇万円から本件貸付金残金五〇万円を差し引いた残額二〇万円の清算義務があることになる。

五結論

以上によれば、原告の本件主位的請求及び予備的請求1についてはいずれも理由がないからこれを棄却し、予備的請求2については理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官河野信夫 裁判官角隆博 裁判官中山大行)

別紙自動車目録

車名 トヨタマークⅡHT GTツインターボ

型名 E―GX81 ATPVZ(D)

カラー名 パールストリームトーニング

カラーNo. 22KFJ31

フレームNo. 31859515

登録番号 練馬○○あ○○○○

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例